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せっかくならば、使いこなしてみたいなぁ 

ブログを引っ越して、少しライブドアの仕様に慣れてきました。

いろいろな機能があるので使ってみたくなるのですが、使いこなせてないし、この先も使いきれない気がしています。

生ログをゲームのようにして、時系列で視聴できる「ログミン」という機能がついます。

見てて面白いのですが、実際どのように役に立てるものなのかは不明。

そして、その説明もほとんどなし・・・・

う~ん。

分かったとき、嬉しさに反映されるように、わざと説明を少なめにしているのかな(p_q*)

誰か詳しい方がいらした教えてください~~~

気持ちのいい朝は、気持ちのいい自分で。

今朝の雷は凄かったですね。

早起きさせてくれて、どうもって感じでしょうか( ̄‥ ̄)=3

折角の祝日なので、いつもより寝てやろうと思っていたのに、若干の損をした気分になりました。

でも、よくよく考えたら、今日が平日ならあの状況で出勤しなければならなかったわけで、得もしているのかとも思えてきました。

う~ん、後者でいきましょうか(笑)

明日は早起きしよう、自主的に☆

信託原簿を確認したい!

不動産登記簿謄本を読んでいて、ごく稀に登場する信託登記。

所有権だけでなく、抵当権移転登記に信託登記がくっついていることもあり、状況の把握に少し困惑してしまうこともあります。

そもそも、日本人は信託になじみが薄いと言われます。

たくさんの財産がなければ利用することのない制度と思っていることが原因らしいようです。

かくいう自分も、小さな財産に信託は煩わしいし、権利や責任の所在がわかりにくくなるので、お勧めはしません。

ですが、きっと仕事をしていく上で、「どこか」で「いつか」役に立つことがある制度だと信じて、焦らず知識を収集中です。

そもそも、登記簿で信託の文言を確認したときはどうすべきでしょうか?

普通に登記簿謄本を取得したのでは、信託内容を示した「信託原簿」はついてきません。

「信託原簿」は信託登記の際に申請人がつけた信託の中身を表示している書面ですが、現在、通常の登記簿と異なりデータ化はされていません。

ですので、登記簿謄本の最後にコピーが一緒に合綴されてきます。

確認が必要な時は、
登記事項証明書交付申請書(通常の登記簿謄本の申請書)に「信託原簿(分かっていれば 第○○号)を添付してください」と記載しておけばOKです。

ただ、注意が必要なのは、先に述べたように、信託原簿の取得はデータ化されていないので、登記簿の閉鎖謄本と同じように、直接管轄官庁にて取得するか、(管轄庁宛の)郵送で申請する必要があります。

登記事項証明書の取得やインターネット閲覧が便利になりすぎて、違和感すら覚えますが、このアナログさに懐かしさを覚えてしまいます。

悪い気はしない。(急いでいる案件じゃなければ・・・)

メロンパンマンではありません。メロンパンナちゃんです。

湯船にアンパンとバイキンが浮かんでいます。

尋常ではありません!?

子供とゆっくり遊んでいると、我が家はだいぶアンパンマン一味に侵略されていたことに気づきました。

父よりアンパンマンのほうが良く名を呼ばれています!!

メロンパンナちゃんは女の子ですが、クリームパンダちゃんは男の子です。

赤ちゃんマンは女の子のルックスですが、男の子で、ロールパンナちゃんは覆面ですが女の子で、メロンパンナちゃんの希望を聞いてかたジャムおじさんが作ったのに、メロンパンナちゃんのお姉さんです。

さらに、カレーパンマンはジャムおじさんが焼いて作ったヒーローですが、しょくぱんまんはトースター山から生まれたヒーローだそうです。

あと、しょくぱんまんだけ何故かひらがなです。

気づいてました?

深いのか、浅いのか、アンパンマンワールド・・・

う~ん、
なんだかなぁ

ちなみに私は浅いです。

・・・お後がよろしいようで。

明日から頑張って働きます。

おやすみなさい。。。 (´▽`)

「30歳までの苦労は金を払ってでもしろ!?」を考える。  ~モヤっとした時間~

自分の生活を振り返って、この2・3年は恵まれているなぁと感じます。

多少の山や谷はあるにしても、上手く行き過ぎている気さえします。

幸せ自慢というのは、何とも面白くない話なので、その先について考えてみようと思います。

そもそも、「自分が充実しているなぁ」、「思い通りになっているなぁ」、「望みが叶っているなぁ」、なんて思うことは頻繁にはないでしょう。

また、そんな「幸せ」は、機会としてのタイミングであったりすることがほとんどで、期間として継続させていくとは本当に難しいことだと思います。

幸せや希望、願望は常に形を変え続けていくものだし、そうでなければ満たされないものだからでしょうか。

では、その形が変わるものに対応するための要素は何なのでしょう?

やはり、「苦労」でしょうか?

僕は「努力」や「頑張り」自体は幸せだと思います。
何かの目標に向けて走っているときは、辛くても、体力的にキビシくても、何かに我慢してても、達成感や充実感があるものです。

なので、さらにその前段階がとても大切なのでは?と思ったりします。

つまり、「何か上手くいかないなぁ」「何か違う気がするなぁ」「本当はもっと○○だったらいいのに」等のモヤっとした時間こそが幸せを作っているように思えるのです。

思えば、3年以上前にそんな時間を山ほど持ち合わせていたような気がします。

それを「苦労」というならば、「苦労」なのでしょうが、ただ精神的に追い込まれることだけが次の自分をHAPPYにするわけではないと思います。

なので、自分が思った以上に上手くいっているときでも、また全然どうしようもないくらいの状況やどん底の気分でも
「なんとなく物足りないなぁ」「もう少しだけこうできたらなぁ」
と、少しだけの欲張りを心がけたいと思っています。

20代の浅井はいろいろバタバタしてきた自信がありますが、物語になるほどの不幸や苦労はないと思います。
もっと20代を頑張ってきた人たちをたくさん知っています。

でも、辛いなりに、その都度なりのチャンスに恵まれてきたことに間違いはありません。

「20代の苦労は金を払ってでもしろ!?」
なんて言葉があります。
苦労はしたくありませんが、自分の進みたい方向や、身につけたい自分らしさ見つけること、そしてそれに向けて自分を磨くためのチャンスを作るための言葉だと僕は思っています。

では、30代はどうしましょう?

お金もかけずにリスクもとらずに、上手いことやりたい。

・・・ちょっと大人になったのかもしれませんね(* ̄∇ ̄*)

でも調子に乗っていてはいけないので、モヤっとした時間を増やすことを浅井は大切にしたいと思います!!

ズルはせずに、コツコツと夢を増やせればいいなぁ。

(またポジティブ過ぎる文章だったでしょうか・・・)