TEL:052-508-7373
ブログページ

ホームページも作成中

本日、依頼者さんから、

「先生の名前と事務所を検索したけど、ホームページがでてこなかった!!?」

という、問い合わせを頂いてしまいました。

ご心配をさせてしまい、スミマセン。

不動産売買の登記や会社の大切な手続を任せる司法書士が身元不明じゃ怖いですよね。。。

現在、新しいホームページを作成中ですので、過去のホームページも情報の錯綜を避けるため、閉鎖しており(古い情報が多すぎるので)、しばらくご迷惑をおかけします。

 

確かに、現在、僕の名前や事務所名を検索してもらっても、ホームページはヒットしません。

なぜか顔写真が出てきたりはしますが、僕じゃない人のものも混じっています(^^;)

また、おいしかったラーメン屋さんのことばかり書いてある僕のSNSだけ見つけられても、さらに微妙ですよね(^^;)

最低限といえば、愛知県司法書士会のホームページの会員検索にはちゃんと搭載されていますので、ご安心ください。

 

月末には、司法書士会の「法の日」キャンペーンで新聞に名前を載せる予定ですので、そのあたりから心配させない、ちゃんとした事務所になる予定です。

 

と、そとヅラだけじゃなく、中身も頑張ります★

 

 

新事務所 開設準備中

 

のんびりしていたのに、何かバタバタしており、また、いろいろ検討していたので、公表が遅れました。

お察しの方も多いかと思いますが、弁護士法人を退職し、新たに自身の事務所を立ち上げる準備中です。

10月1日を目処にスタート予定です。

場所は名古屋市東区代官町になります。

今後ともよろしくお願いします。

 

今まで関心のなかったことも、いろいろ経験できている今日この頃です。

のんびりしていたので、これからフルパワーで働けるよう、今まで以上に元気出していきます☆

 

自筆証書遺言を作成したが、その遺言書原本がない場合に相続登記はできるか?

自筆証書遺言による相続登記には、その遺言書原本を添付資料として登記申請をします。

そして、特にその例外規定はありません。

ただ、そう言っても大事な書類でも紛失したりするものです。

今回、検認手続きをした後に、諸般の事情で、遺言書原本を提出できない事案の対応をしました。

つまり、裁判所に提出する段階では原本があったものの、その後、登記では原本がなくなっているような状況です。

この場合は、裁判所の検認手続きにおいて、コピーをとり、検認調書が作成されています。 その保存期間は5年(裁判所によっては、それを超えて保管しているところもあるようですが)です。

つまり、遺言書原本のコピーを裁判所がしっかり保管していてくれています。

これは証拠資料としては、とても信憑性の高いものですよね。

検認調書は裁判所に謄本が請求できます。

 

登記研究585 平成8・10 P137 には

「検認調書は、検認年月日、立会人などの形式的記載内容とともに、検認の実質的内容をなすところの遺言書の記載内容、形状その他外部的状態によって検認手続き全体を公証する書面であるが、登記官は、自筆証書遺言として申請書に添付された書面に不自然な書き込みがある等の疑義を生じた場合には、自筆証書遺言の原本に代え、この検認調書の謄本を添付する(平成7年6月1日民三第3102号民事局第三課長回答)などの補正の機会を与えて、自筆証書遺言の真正について形式的審査を行い、登記の受否を判断することができるが、この取り扱いも検認手続きの存在が自筆証書遺言の真正を相当程度担保するものであるとの考え方によるものであろう。」

とあります。

 

つまり、法務局(登記官ごと)の判断や前提とな状況がそれぞれ異なるので、どんな状況でも処理できる方法とは思えませんが、検認調書謄本の添付による相続登記も可能であるものと考えることができそうです。

今回、当職のケースでは無事相続登記を完了させることができました。

 

自筆証書遺言を作成したが、その遺言書原本がない場合に相続登記はできるか?

→場合によっては、検認調書謄本を利用してできる。

そんなマニアックなお話でした。

読みたい本、読まなければならない本、読むべき本

 

最近は芝生の手入れに凝っています。

平和です。

梅雨も成長期の恵みだと感じます。

ただ、子供らに荒らさせるので、いつになったらきれいに仕上がるのか、または永遠にその時はこないのか、、、

心穏やかに芝刈りをしたい、そんな夢を見ている、今日この頃です。

 

突然ですが、

「最近読んだ本で、心に残ったものはありますか?」

「オススメの本はありますか?」

月並みな質問ですが、昔からずっと興味深い質問です。

 

小説を答える人、啓発本を答える人、新書や実務書を答える人、いろいろいます。

中には、なかなか読む時間をつくれなくて、、、

文章読むのが嫌いで、テレビやネットで済ましちゃうんですよね、、、

そんな人もいらっしゃいます。

 

僕は本を読むのも好きですが、テレビやネットがツールとして劣っているとも思っていません。

ツールには常に一長一短がありますので、長所を活かせて、継続できるものがベターなんだろうと思っている次第です。

「本を読まない人は馬鹿だ」とまで言う人を見ると、この人は本以外に、もう少し他に「読んだ」ほうが良いものがあるのでは?と、ちょっとからかってしまうかも知れません。

ただ、何をきっかけにしても考えること、自分にない発想や解釈を理解することはとても大切だと思っています。

 

 

にしても、(特に)本はそれぞれのスタイルやタイミング、考え方によって読んだ時の解釈が変わる不思議な生き物ですよね。

それは小説や論説、随筆やドキュメントだけにかかわらず、

新書や解説本、実務書、図鑑、六法を読んだときも同じだと思っています。

 

憲法の解釈がその範疇に含まれるとまでは考えていませんが、

(自分に読ませたい)読みたい本を見つけるために、

(たとえ仕事の都合で調べ物としてだったり、会議・勉強会用の課題図書であったとしても)読まなければならない本があり、

そのほとんどがおのずと読むべき本なんだろうなと思っています。

 

 

自身が共著者として5年前に執筆し、3年前に発刊されるとしてゲラをあげ、2年前にさらに修正し、

寝かせに寝かせて、今年発刊すると出版社から言われていた本が、また頓挫したようです。

(不動産登記の実務書です。)

 

ある種、いつか「読みたい本」です。

 

原稿を読み返してみると、その5年前の自分の文書に教えられることもあったりして、結構いいこと書いてあるね、頼りになるねって思う仕上がりだと思っていたのですが(^^;)

 

5年前の知識や環境は、今の自身とは違う他人の文章で、他人から教えられているような感じがあります。

 

ってことは、きっと5年後の自分も他人なんですかね?

 

うーん

 

昔読んでよいと思った本のの読み返しをしたい、そんなことに思いふける、梅雨の日の夜の徒然なるブログ更新でした。

 

 

 

 

URLを変更いたしました

変更後のアドレスを確認いただきまして、ありがとうございます。

ご覧のとおり、こんな感じです。

清潔感に溢れすぎた状況ですが、たまにはこんな極度にサッパリした感じも新鮮でいいのではないかと思っています。

 

が、ぼちぼち素敵にしていければと思っています。

ご確認ありがとうございます。

またチェックしていただければ幸いです☆