読みたい本、読まなければならない本、読むべき本
最近は芝生の手入れに凝っています。
平和です。
梅雨も成長期の恵みだと感じます。
ただ、子供らに荒らさせるので、いつになったらきれいに仕上がるのか、または永遠にその時はこないのか、、、
心穏やかに芝刈りをしたい、そんな夢を見ている、今日この頃です。
突然ですが、
「最近読んだ本で、心に残ったものはありますか?」
「オススメの本はありますか?」
月並みな質問ですが、昔からずっと興味深い質問です。
小説を答える人、啓発本を答える人、新書や実務書を答える人、いろいろいます。
中には、なかなか読む時間をつくれなくて、、、
文章読むのが嫌いで、テレビやネットで済ましちゃうんですよね、、、
そんな人もいらっしゃいます。
僕は本を読むのも好きですが、テレビやネットがツールとして劣っているとも思っていません。
ツールには常に一長一短がありますので、長所を活かせて、継続できるものがベターなんだろうと思っている次第です。
「本を読まない人は馬鹿だ」とまで言う人を見ると、この人は本以外に、もう少し他に「読んだ」ほうが良いものがあるのでは?と、ちょっとからかってしまうかも知れません。
ただ、何をきっかけにしても考えること、自分にない発想や解釈を理解することはとても大切だと思っています。
にしても、(特に)本はそれぞれのスタイルやタイミング、考え方によって読んだ時の解釈が変わる不思議な生き物ですよね。
それは小説や論説、随筆やドキュメントだけにかかわらず、
新書や解説本、実務書、図鑑、六法を読んだときも同じだと思っています。
憲法の解釈がその範疇に含まれるとまでは考えていませんが、
(自分に読ませたい)読みたい本を見つけるために、
(たとえ仕事の都合で調べ物としてだったり、会議・勉強会用の課題図書であったとしても)読まなければならない本があり、
そのほとんどがおのずと読むべき本なんだろうなと思っています。
自身が共著者として5年前に執筆し、3年前に発刊されるとしてゲラをあげ、2年前にさらに修正し、
寝かせに寝かせて、今年発刊すると出版社から言われていた本が、また頓挫したようです。
(不動産登記の実務書です。)
ある種、いつか「読みたい本」です。
原稿を読み返してみると、その5年前の自分の文書に教えられることもあったりして、結構いいこと書いてあるね、頼りになるねって思う仕上がりだと思っていたのですが(^^;)
5年前の知識や環境は、今の自身とは違う他人の文章で、他人から教えられているような感じがあります。
ってことは、きっと5年後の自分も他人なんですかね?
うーん
昔読んでよいと思った本のの読み返しをしたい、そんなことに思いふける、梅雨の日の夜の徒然なるブログ更新でした。